歴代大田市名誉市民

 恒松 安夫(つねまつ やすお)【1963(昭和38)年11月1日 顕彰】

 

 1899(明治32)年3月18日、大田市長久町に生まれる。慶応義塾大学文学部を卒業後、同大学高等部講師及び教授を歴任。1944(昭和19)年12月に帰郷し、1947(昭和22)年4月に島根県議会議員に当選、同年5月県議会議長に就任。1951(昭和26)年5月には島根県知事に当選し、2期8年間、戦後の県政の基礎を築く。

 

 岩谷 直治(いわたに なおじ)【1963(昭和38)年11月1日 顕彰】

 1903(明治36)年3月7日、大田市長久町に生まれる。安濃郡立農業学校を卒業後、神戸市の楫野海陸運送店に入店。1930(昭和5)年5月に高圧ガス・溶接材料専門の岩谷直治商店を開業し独立。1945(昭和20)年2月には岩谷産業株式会社に改組。 
 プロパンガスの普及に邁進し、台所革命を起こした功績から「プロパンの父」と呼ばれ、関係業界・経済界の要職を歴任。

 

 岩崎 福市(いわさき ふくいち)【1963(昭和38)年11月1日 顕彰】

 1905(明治38)年11月12日、大田市久手町に生まれる。北海道札幌商工学校を卒業後、旭川電気軌道株式会社に入社。北見鉄道株式会社取締役支配人を経て、1938(昭和13)年に岩崎通信機株式会社・岩崎電線株式会社各常務取締役。
 1944(昭和19)年8月に岩崎電気株式会社を設立すると、特殊光源、照明器具の製造において、わが国有数の企業へと発展させる。

 

和田 哲夫(わだ としお)【1963(昭和38)年11月1日 顕彰】

 1882(明治15)年11月13日、大田市大田町に生まれる。大阪府立中学校を卒業し、洋反物商へ入店。1907(明治40)年には独立し、輸入洋反物・更紗(さらさ)等を扱う和田哲商店を創業、1911(明治44)年に和田哲株式会社に改組(現在のワテックス株式会社)。捺染(なっせん)更紗の製造に着手し、日本で最初の捺染ふとん地の開発、製造販売を始め、「更紗の和田哲」として知られる。

 

松本 猪太郎(まつもと いたろう)【1963(昭和38)年11月1日 顕彰】

 1888(明治21)年6月24日、大田市川合町に生まれる。1901(明治34)年、東京の川島製缶所へ入所。1905(明治38)年に独立して金本堂松本ぶりき製缶所を設立すると、缶の意匠等の特許を次々に取得し業績を拡大、1939(昭和14)年には金方堂松本工業株式会社に改組。関東大震災や日中戦争、第二次世界大戦などの苦難に見舞われるが、その度に再起し戦後も発展をとげる。

丸 繁三郎(まる しげさぶろう)【1963(昭和38)年11月1日 顕彰】

 1896(明治29)年8月4日、大田市大田町に生まれる。1910(明治43)年4月、輸入洋反物等を扱う大阪の和田哲商店に入店。1939(昭和14)年に独立し、寝具・布団の販売を始める。丸和株式会社、丸株式会社と社名を改めながら、時代の情勢を見極めて良品を提供し続け、多数の表彰を受けるとともに、大阪繊維業界の要職を歴任。

 

田原 孝二老(たはら こうじろう)【1969(昭和44)年3月11日 顕彰】

 1907(明治40)年1月30日、大田市大田町に生まれる。1931(昭和6)年に大田町役場に奉職、収入役、助役などを歴任し、1951(昭和26)年4月に大田町長に当選。1954(昭和29)年の大田市誕生後は初代市長に当選し、1969(昭和44)年2月に病気療養により職を辞するまで4期15年にわたり市政を推進した。

 

森岡 大三(もりおか だいぞう)【1980(昭和55)年2月23日 顕彰】

 1914(大正3)年11月7日、広島県呉市で生まれる。1941(昭和16)年に日本医科大学医学部を卒業、広島陸軍病院等に勤務した後、1951(昭和26)年11月に開所した国立大田療養所の初代所長に就任。1961(昭和36)年に国立大田病院へ組織替えがなされた後も初代院長をつとめる。1980(昭和55)年の退職後も名誉院長として指導にあたるなど、多年にわたり地域医療に貢献。

 

林 恒孝(はやし つねたか)【1986(昭和61)年6月30日 顕彰】

 1913(大正2)年1月19日、大田市五十猛町に生まれる。島根県立仁万農学校を卒業後、兵役に従事。その後は五十猛村議会議員等を歴任。大田市誕生後は1956(昭和31)年から4期12年、大田市議会議員・同議長等をつとめる。
 1969(昭和44)年に第2代大田市長に当選すると、1985(昭和60)年までの4期16年にわたり、県央の中核都市としての大田市の発展に尽力。

 

恒松 制治(つねまつ せいじ)【1987(昭和62)年6月30日 顕彰】

 1923(大正12)年1月21日、大田市大田町に生まれる。京都帝国大学経済学部を卒業後、農林省農業総合研究所研究員を経て、1958(昭和33)年に学習院大学政経学部助教授に就任。1961(昭和36)年には同大学経済学部教授。 
 1975(昭和50)年4月に島根県知事に当選すると、3期12年にわたり、真に豊かで県民一人ひとりが幸せを感じ、喜びと誇りをもって生活できる郷土づくりに邁進。

 

難波 利三(なんば としぞう)【2000(平成12)年1月26日 顕彰】

 1936(昭和11)年9月25日、大田市温泉津町に生まれる。関西外国語短期大学中退後、業界新聞勤務などを経て執筆活動に入る。1972(昭和47)年に『地虫』で第40回オール読物新人賞を受賞し、同作は直木賞候補作となる。1984(昭和59)年に6回目の候補作『てんのじ村』で第91回直木賞を受賞、山陰出身として初めての直木賞作家となる。その後も市井小説の名手として、人情味あふれる作品、山陰を題材にした作品を発表。

 

中村 俊郎(なかむら としろう)【2025(令和7)年10月4日 顕彰】

 1948(昭和23)年2月20日、大田市大森町に生まれる。アメリカで最先端の義肢装具製作技術を学び、1974(昭和49)年12月、故郷大森町において中村ブレイスを創業。1981(昭和56)年には世界初となるシリコーンゴム製インソールを開発し、1982(昭和57)年には日本をはじめ欧米9か国で特許を取得。1991(平成3)年にはメディカルアート研究所を開設し、あらゆる部位の人工補正具の開発を進めるなど、日本の義肢装具業界の発展に貢献。
 大森町の古民家再生や文化遺産の保護等に関わる社会貢献活動にも取り組み、「石見銀山遺跡とその文化的景観」の世界遺産登録にも尽力。